本会議会議録
質問文書
令和7年2月定例会厚生委員会 質疑・質問
![]() | 質疑・質問者: | 杉山 盛雄 議員 |
![]() | 質疑・質問日: | 03/06/2025 |
![]() | 会派名: | 自民改革会議 |
○杉山(盛)委員
質問に入る前に、10番委員の質問に対して若干の意見を申し上げたいと思います。
まず、こども病院ですけれども私も自分の子供がいて孫がいます。実は東部の方々の中でこども病院に通いたい方が非常に多いんですよね。
車で来るとどうしても1時間半とか2時間かかってしまい、あそこまで行くんだったら近所の病院で済ませようと思っている東部の方々が非常に多いです。老朽化も含めて、先ほどのいろんな意見の中でがんセンターであろうが県立総合病院であろうが老朽化が進んで建て直しの時期が来る。本来病院はこれからの高齢化と少子化を考えれば利便性のいいところに建ててあげるのが県としての務めではないかと思うんですね。ですから、どことは申し上げませんがあんまり使わない建物を建てるよりも、例えば東静岡にこども病院を移転するような思い切ったプロジェクトを県としても持ったほうがいい気がするので、一つ提言として申し添えておきます。
それからもう1つは、バリアフリーという言葉が出ましたけれど、昨年に別の委員会で嬉野温泉に行きまして、佐賀県は嬉野温泉をバリアフリー化すると売り出しているんですね。私の母親が生前に腰の骨を折ったときに風呂に入りたい、では温泉に連れていこうと探したら、意外とバリアフリーの温泉はないんですよ。ようやく伊豆長岡に1軒だけ見つけて、クレーンみたいなもので下ろして体を湯につけて上がってきたら私の家内とか姉さんが一緒についていって体を洗うことを考えますと、旅館すら対応が非常に遅れているのに伊豆半島の方々には伊豆半島全部をバリアフリー化しなさいと言っているんですよ。全部やれとはどういうことかというと、例えばホテルとか旅館に1部屋でもいいんですよ。静岡県の特に伊豆半島はそういう方々に優しい地域とわかるようにやっていただきたいと推奨し、ようやく予算がついたんですね。伊豆半島に行くたびに旅館やホテルの方々にこの話をしていて、それはよいことだからやりますよと。バリアフリーに対する静岡県全体の考え方を健康福祉部でも考えていかなければいけない時代が来ているのではないかと思うんですね。そういう方々は1人で来れないわけですから、必ず3人4人の家族が付き添ってくることは商売的にも非常に効率がいいので、ぜひ他の部局と横断的にやっていただきたいと思います。
一問一答方式で1問だけ質問させていただきます。
医科大学院大学の構想の取扱いについて川勝前知事が進められてきた設立構想だと思いますけれども、今定例会では替わられた知事の提案説明にもあったように財政状況を鑑みて一旦検討を立ち止まるとの発言がありました。はたから見たら川勝前知事の事業見直しをされたとも見えますが、鈴木知事におかれましては医師の確保については県政の重要課題と位置づけて、特に東部地域の医師確保は最優先と言っているわけであります。
そこでお伺いしますが、今の財政状況に対して構想のどこに課題があると認識して立ち止まる決断をしたのか。その一方で必要な医師確保はどのように進めていこうと考えているのかお伺いします。
○青山健康福祉部長
医科大学院大学構想でございますけれども、11月に知事の下に未来創造会議が設置されました。そこで検討されているのが2つありまして、未来へ向かって静岡県に資する産業をどうするかのお話と、もう一つは財政状況が厳しいので今後の財政状況をどうしていくのかを議論するための会議を設置されました。その中で財政状況で今後大きな負担が見込まれる項目に突如医科大学院大学構想が入ってきました。その後、まずは医科大学院大学構想についてある程度の概算でもいいから運営費や大学を造るための建設費が幾らになるかを積算し、知事に諮った上で12月定例会におきまして私から運営費につきましては30億円、建設費については100億円相当がかかることを答弁させていただきました。その後、年が改まってから知事といろいろ協議したところですが、中期財政計画を見ましても毎年500億円を超える財源不足で歳入が足りない状況が今後4年間は引き続き続いていく。何もしなければ今後10年間財源不足が続いていく状況でございますので、年間30億円は財源不足の1割を占めることになり、運営費の毎年度の負担が大きいところが、検討を止めていく一つの要因であったと考えております。
その上で、御質問の医師確保については、静岡社会健康医学大学院大学設立のときから中期目標や中期計画に医師確保の機能もあると記載されていますが、現在医師の入学者数も少なくなってきている状況もあります。静岡社会健康医学大学院大学は御存じのとおり公衆衛生学が中心ですから、もう少し現場の医療に近い研究内容等によって、日々診療しながら課題を抱えている医師の確保ができないかも含めて今後研究の内容等、医師確保策をできたらいいと考えておりますし、現在県内の医師配置調整も静岡社会健康医学大学院大学で行っています。今後、地域枠の卒業生が増えていきますので、派遣調整機能も拡大していければ医師確保機能がしっかりしていくかと考えております。また今後検討させていただきまして、議会の皆様方にお諮りしつつ進めていきたいと考えております。
また、幾つか御意見を頂きましたが、県立病院がかなり老朽化が進み建て替えかが迫っているのは認識しております。かつ健康福祉部が所管している県立病院機構でいいますと、もう敷地が手いっぱいになっていまして、現地での建て替えは厳しい状況になっているのは周知の事実だと思っております。建て替えの際には、御指摘ありましたとおり少子高齢化が進んでいく中で、立地をしっかりと検討していきたいと考えてございます。
それからバリアフリーの関係ですが、2番委員のおっしゃるとおり、平成の最初の頃だと思いますけれども、健康福祉部はもともと福祉のまちづくり条例を所管していたこともございますので、スポーツ・文化観光部と一緒に協力して、連携して進めていきたいと考えてございます。
○杉山(盛)委員
いずれにしても、これから先のいろいろなことを考えると少子化と高齢化は避けられない。
ただ、医師不足は方法がある気がするんだよね。例えば今、初任給でも30万円だ40万円という民間企業が出てきた。学校の先生や県の職員の成り手も非常に苦戦をし始めた。昔は先生なんてのは十何倍とか、県の職員なんかも最低2年や3年落ちないと入れない時代があったけれど、もうそういう時代は過ぎているわけですよ。
つまり、地方のいわゆる公共の医者は給料が安過ぎる。これを何とか是正していかないと、47都道府県でどの程度の昇給率があってどの程度の給料を支払っているかは一度調べていただいて、静岡県立病院機構での医者昇給、給料も含めた比較してみたらいかがかなと思います。
医者の給料ってかなり高いんですよね。公立病院に勤めている医師の給与が民間病院の大体半分以下なんですよ。ある上場企業が医者のみに特化した人材派遣を始めて、一般の総合病院で医師を欲しがってるときにみんなどんどん行っちゃうわけでしょ。そういう意味では人材が取られている現実が実はあったわけです。一度振り返ってみるのは必要な気がしますので提案しておきます。
これで質問を終わりたいと思いますが、最後に年度末を迎えまして、厚生委員会の説明者の中で役職定年のために現在の職を退かれる予定の方々がいますのでここで紹介します。
後藤雄介感染症危機管理担当部長、橋真一朗健康福祉部理事(少子化対策担当)、堀川俊県立静岡がんセンター事務局長、以上の3名であります。
県に奉職されてから現在に至るまで、本当に本県を取り巻く社会情勢が変化する中で、それぞれの立場で本県の発展に多大な貢献をされました。ここで、私から略歴などを披露させていただいて、後ほどお言葉をお願いしたいと思っております。
最初に、後藤感染症危機管理担当部長ですが、入庁前は何と陸上自衛隊の戦車大隊の勤務経験がある異色の経歴の持ち主でありまして、平成2年4月に当時の企画調整部情報管理課に配属された後に、35年の長きにわたって奉職されました。令和2年4月からは健康局長、医療局長、健康福祉部部長代理、また感染症対策担当部長と主要ポストを歴任して、今年度からは感染症危機管理担当部長を務めるなど、まさに健康福祉行政の大黒柱として活躍されてまいりました。特にコロナ後の本県の感染症対策の対応力強化に尽力され、ふじのくに感染症管理センターの運営、新型インフルエンザ等対策行動計画の改定など、これまでの経験を踏まえた多角的な視点で部下に的確なアドバイスを行い、進めてきていただきました。
このように仕事熱心ではありますが、家庭では大変家族思いのお父さんで知られていて、長女が誕生した際には当時男性職員としては本当に少なかった育児休業を率先して取得したほか、最近では大学受験の娘さんのために仕事帰りに塾まで晩御飯を送り届けるという県庁内の元祖イクメンとして名を馳せているそうであります。家庭と仕事を両立する県職員のかがみのような存在であると聞いております。
長年にわたって健康福祉行政をはじめとした県政に貢献していただきました。本当に今後とも、後輩職員には指導を賜りたいと思っております。
次に、橋健康福祉部理事(少子化対策担当)におかれましては、昭和62年4月に入庁されて静岡財務事務所を駆け出しに38年の長きにわたりまして御活躍されました。平成31年4月からこども家庭課長などを歴任し、令和4年4月からこども未来局長、本年度からは少子化対策の担当として健康福祉部理事を務められました。
少子化対策は、大変大きな社会課題に対して、医療、保険対象外の不妊治療に対する助成を実施するため、政令市との調整に直接当たられたほか、今年度は本県のこども、若者施策の新たな基軸としてしずおかこども幸せプランの策定のため、日々職員と熱い議論を積み重ね、部下に対して的確な助言を与えるなど県の中心として重要な役割を果たされました。
また、聴覚障害児の療育体制の構築に関して、オーストラリアのシェパードセンターとの交渉や調整に当たりまして、卓越したリーダーシップによって協定の締結に導き、未来を開く全国初の療育の場の整備に向け、大きな一歩を踏み出すことができたことに対して貢献されたと聞いております。
豊富な知識と経験に裏づけられた判断力と行動力によりまして、子供施策をはじめとした県政に御尽力頂きましたことに心から感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
そして最後に、堀川静岡がんセンター事務局長におかれましては、昭和62年4月に入庁され下田保健所に配属された後、38年の長きにわたりまして奉職されました。本県の薬剤師職のエースとして主に環境、薬事、医療行政などで活躍され、令和2年4月から薬事課長、令和4年4月からは静岡がんセンター事務局長を歴任されました。事務局長としてがんセンターが掲げる「患者さんと家庭を徹底支援する」という理念の下、病院で生ずる様々な困難事案の解決に御尽力されたわけであります。快活な性格でありまして、山口名誉総長や上坂総長をはじめ多くの医療者からの信頼も厚く、異色の薬剤師職の事務局長としてがんセンターの発展に寄与されました。
また、薬事課長時代には新型コロナウイルス感染症の感染が爆発的に拡大して、保健所業務が逼迫した際には患者の調査といった業務支援を自らが先頭に立って行い部下のやる気を奮い立たせたと伺っております。堀川静岡がんセンター事務局長が示した職員一丸となって課題解決に当たる意識は、今後も後輩職員に対して確実に引き継がれていくと思います。
このような堀川氏でありますが、懇親会の席では、値段の安いフライドポテトが大好きで食べていて豊富な話題でいつも周囲を楽しませているなど、誰からも愛される人柄であったと伺っております。
本当に長年にわたりまして、専門的な見地から活躍していただきましたこと改めて御礼を申し上げたいと思います。
以上3名の皆様には、これまで本県行政の発展のために多大な尽力をされたことに対しまして改めて県議会議員を代表いたしまして、心から敬意を表したいと思っております。ありがとうございました。今後も健康に留意されまして、これまで培われた豊かな経験と見識を生かして、新たなステージで御活躍されることを祈念申し上げます。
それでは、長年にわたり様々な分野に携わってこられた経験を踏まえ御所見や後輩に贈る言葉など、お話していただければ幸いでございます。ただいま紹介しました順番でどうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。
○後藤感染症危機管理担当部長
このたび、このような発言の機会を頂きましてまた過分な御紹介を頂き、ありがとうございます。
我々3名の入庁は、三十五、六年前ですので、大体バブルの少し前か、もう始まっていた時代かと思います。その頃は世の中がかなり何でもできるような雰囲気であったことを記憶しております。職員となって経験を積んだ後に、私の記憶に残っているのは、介護保険が始まる前に高齢者の担当部門におりまして、当時は県で一人一人の施設の措置を細かくやっておりました。その関係もあって県民の方々の状況は把握しているつもりだったんですが、県議会の皆様とそれから市町の方々の要望を受けることがあり、そのときに現実に県民の方が考えてることと、こちらが机の上ではじいていたサービス料にこんなに差があるんだと要望をお聞きして初めて気づいたことを鮮明に覚えております。
その後、防災部門へ行った経験もございますが、避難所などで県民の方が非常にいろんな情報をお持ちになっていて、乳幼児のこと、それから避難所での区割りの話、中にはスフィアなんていう単語もそのとき初めて伺いました。
私は県民の方々のお話を県議の方々を通じて伺うのが非常に重要なことだと思ってまいりました。ですので、職員もそのことは十分分かってると思います。中にはあまり表情に出さない職員もおりますが、きっとはっとした顔をする瞬間があると思いますので、そのときにはぜひその職員の心をつかんだと思って、アドバイスなり激励していただければと思います。長年ありがとうございました。(拍手)
○橋健康福祉部理事(少子化対策担当)
先ほどは過分なお言葉を頂き、またこのような機会を設けていただきありがとうございます。
私は、38年間の公務員生活のうち14年間を健康福祉部に所属しております。健康福祉部が一番長く公務員生活の3分の1ほどを占めております。健康福祉部には、30代前半に職の公募で手を挙げまして、長寿社会課の介護保険スタッフに配属されたのが最初となります。
当時の社会情勢として、高齢者の介護が社会問題化しており、新たに導入される介護保険の仕事に関わりたいと応募したところ、希望をかなえていただきました。当時は、新しい法律や仕組みの下で手探りの状態で仕事を進めておりましたが、当時の上司から非常に的確な指示を頂き、みんなで苦労しながらも乗り越えることができて、私も少し社会に貢献できたなと思っております。
また、これまでに一番心に残ってることは、一昨年になりますけれども、県内のこども園で送迎バス内に取り残された園児が亡くなる痛ましいあってはならない事故が発生しました。この事件については、全国的にも大きく報道され全国の方から静岡県の保育はどうなっているんだと、お叱りなど、毎日電話が鳴り響く状態が続きました。担当する職員は、日常業務に加えて事件後の対策もしっかり対応していただき大変感謝しております。子供関係の組織は、来年度新たな体制となりますけれども、保育や教育の現場において二度と同様な事案を発生させない意識を持っていただきたいと思っております。
最後に、この厚生委員会においては子供関係の御質問も多く、本当に多くのことを勉強させていただきました。これまで御指導頂いた先生、あるいは職員の皆様に大変お世話になりましたことをお礼申し上げます。
私も役職定年で、あと2年は県職員として在職する予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。(拍手)
○堀川がんセンター事務局長
たくさん褒めていただきましてありがとうございます。
また、委員会の貴重なお時間を頂戴いたしまして本当にありがとうございます。
厚生委員会には、薬事課長として2年間、がんセンターの事務局長として3年間お世話になりました。御紹介頂きましたが、私は薬剤師です。技術職員として約38年間、主に健康福祉部の本庁・出先で薬事行政、環境行政を中心に担当してきました。特に出先での産業廃棄物行政は特別な思いが強いですね。本当に平凡な技術屋です。
自分の公務員人生を振り返ったところ、やはり異例だったのは、がんセンター事務局長としての3年間になります。がんセンターには実は主査のときに一度お世話になっておりまして、それがあっての事務局長だったんじゃないかと思うんですけれども、その最初のがんセンターでの勤務が私の人生を変えたと思っています。
当時、行政と病院の文化の違いに戸惑って、嫌で嫌で仕方がない日々が続きました。ただ一方で、そのとき学んだ患者さん、それから家族の視点の重視、成長と進化を継続する静岡がんセンターの理念についてもよく学びました。この理念は、患者・家族を県民に置き換えれば十分通じるものであって以後私の行動指針となった言葉です。行政と病院の文化が違いがある中で、医療者との上手なコミュニケーションをこのときに学んだ気がします。
異色な事務局長も3年がたちました。先輩の事務局長とは違うと思うんですけれども、自分に期待された役割は果たせたんじゃないかと勝手に思っているところであります。どこで身についたのか、もともと持っていたのかよく分かりませんが、愛きょうと叱られ上手、それから甘え上手、この性格、そして何より人との御縁に恵まれたことが私の力になったのではないかなと思っています。仕事に苦労している後輩にはこういう経験を伝えたいと思います。
現在、県庁には約180人の行政の薬剤師の仲間がいます。様々な分野で活躍していますけれども、先ほど先生のお話にもありましたが、若い薬剤師の採用、離職防止が非常に大きな課題になっています。役職定年後は、嫌われない程度に私が先輩から学んだことや私が経験したことを何とかうまく伝えられればなと。行政の仕事の楽しさを伝える役割を果たしたいと今思うところであります。こうした行動を通して恩返ししたいなと思っているところです。
県議会議員の皆様、それからこの場にいる健康福祉部の方々にも大変お世話になりました。どうもありがとうございました。(拍手)
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