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ヨーロッパ駐在員報告
2000年10月 政治 駐在員 : 森貴志
内なる東西ドイツの壁
旧東独市民の多くは今でも、自らの心の中に西と自分とを隔てる壁が存在していると感じている。統一直後の熱気が冷めるにつれて、新たに首をもたげた「二流市民」という屈折した思いが今だにあり、このような「心の壁」が旧東独を中心に頻発する極右暴力事件とも無関係ではないようである。
旧ベルリンの壁近くのフリードリッヒ通り駅舎の傍らには「涙の宮殿」と呼ばれる小さな集会所があり、統一前、旧東ベルリンに住む親族らを訪ねた西側市民が、互いの別れを惜しんだ場所である。
今年9月27日、コール前首相はここで演説し、旧東独市民が抱く「心の壁」について「統一当時考えていた以上に深刻な問題だ」と語った。
1993年に行われた意識調査では、自分自身を「ドイツ人」ではなく「東独人」だと感じている人が50%を超えていたが、昨年の調査でこの割合は30%に減っている。しかし今なお「ドイツ国民」になり切れないでいる旧東独市民がいるのもまた事実である。
このような現象は、統一によってもたらされた生活環境の激変に起因しているのであろう。
基本法(憲法)の規定によって「ドイツ連邦共和国」の新たな州として併合された旧東独には、資本主義経済とともに、基本法を頂点とする旧西独の法体系やあらゆる社会制度がそのまま移入された。
ただ生活は激変しても、個人の価値観までは容易に変わらないようである。 最も優先されるべきものとして、旧東独市民の6割は「社会的公正」(旧西独市民は4割)としている一方、旧西独市民の5割近くは「政治的自由」(旧東独市民は3割)をあげており、東西の意識の差はこの10年間ほとんど変わっていない。
ネオナチの若者らによる外国人襲撃事件も、これら環境変化と無縁ではなく、職にあぶれた若者らには、新たに職業訓練を受ける機会もなく、分断時代に幼少期を過ごしたため、外国人との付き合い方も分からない。
「極右運動に参加することで、失った自分の居場所を改めて探そうとしているのではないか」と分析する者もいる。
極右に走る若者はごく少数であるが、旧西独との失業率の差や賃金格差など統一ドイツの現状に対する不安や不満は、男女・年代を問わず未だくすぶり続けている。
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