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委員会会議録

質問文書

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令和2年2月定例会産業委員会 質疑・質問
質疑・質問者:山田 誠 議員
質疑・質問日:03/11/2020
会派名:自民改革会議


○相坂委員長
 それでは、新型コロナウイルス関係の集中調査について皆さんからの御意見は出尽くしたと思いますが、委員長として1つだけ皆さんに要請しておきたいと思います。
 経済政策について、今回私も委員長の職を一度おりて質問しようかなと思っておりましたが、天野経済産業部長からも御発言があって収束した場合、しない場合のそれぞれの選択肢をまだこれから用意しなければいけないとの御発言もありましたので差し控えたいと思います。ただ経済産業部のコロナ対策についてさまざまな施策展開はこれからだと思います。我々5月までこのメンバーで任期がありますので、適切な時期に必要であればぜひ当局の皆さんから要請を上げていただいて臨時会あるいはこうした臨時の集中調査の場を設けさせていただきたい、応じていきたいと思っていますから、時期を逃すことなくその都度我々議会側にも情報提供していただいて調査の機会をいただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 それでは、集中調査を終了したいと思いますが、そのほか発言を求められておりますのでよろしいでしょうか。

○山田委員
 年度末を迎え、産業委員会の説明委員のうちこの3月をもって県を退職される方が6名いらっしゃいます。天野経済産業部長、志村農林水産担当部長、薮崎経済産業部理事兼林業・森の防潮堤推進担当、花井就業支援局長、瀬水産振興課長、森水産資源課長、以上の6名が県を退職されると伺っております。長きにわたりそれぞれの皆様には県行政の推進に多大な御尽力をされましたこと、心から敬意とそして感謝を申し上げます。
 まず、天野経済産業部長におかれましては、昭和59年4月に奉職されて以来36年間の長きにわたり、一般行政職員として県行政に携わってこられました。この間、知事公室秘書課長、企業局次長、経済産業部部長代理などの要職を歴任され、平成30年4月からは経済産業部長として農林水産業から商工業までの産業振興や雇用対策など幅広い分野を所掌する組織において強力なリーダーシップを発揮され、人口減少やAI、IoTといった先端技術の急激な進展など本県を取り巻く状況が大きな転換期を迎える中、徹底した現場主義を掲げMaOIプロジェクトなどさまざまな施策を打ち出し本県経済のさらなる成長に向けた取り組みの道筋をつけるなど、本県産業の振興に御尽力されました。部長代理時代は、部長が療養していることから本会議に出席できないときに、本会議の説明員としてしっかりとした答弁をいただいたこと、私そのことも非常に心に残っております。
 志村農林水産担当部長におかれましては、昭和57年4月に奉職されて以来38年の長きにわたり、農業土木技術職員として県行政に携わってこられました。この間農地局長、交通基盤部理事、経済産業部部長代理などの要職を歴任され、平成31年4月からは農林水産担当部長として本県農林水産業の競争力強化を図るため生産基盤の整備や担い手の確保・育成などとともに、スマート農業技術の導入やChaOIプロジェクトの推進など産学官金の参画を得たオープンイノベーションによる生産性、収益性の向上に資する攻めの農業に取り組み、本県農林水産業のさらなる成長産業化に向け御尽力されました。
 薮崎経済産業部理事兼林業・森の防潮堤推進担当におかれましては、昭和57年4月に奉職されて以来38年間の長きにわたり、林業技術職員として県行政に携わってこられました。この間、森林整備課技監、森林保全課長、森林林業局長などの要職を歴任され、平成31年4月からは林業・森の防潮堤推進担当理事として木材生産量の増加、販路拡大、ふじのくに森の防潮堤づくりの推進など重要課題に対応され、特に森の防潮堤づくりについては林野庁や関係市等の緊密な連携や補助金の整備等により積極的に推進を図り、地域住民の安全・安心な暮らしに向けて御尽力されました。
 花井就業支援局長におかれましては、平成11年4月に奉職されて以来21年間の長きにわたり、一般行政職員として県行政に携わってこられました。この間企業立地推進課長代理、雇用推進課長などの要職を歴任され、平成31年4月からは就業支援局長して県内企業の人材確保が厳しさを増した状況の中、ふじのくにパスポート事業、「30歳になったら静岡県!」応援事業、技術専門校の短期大学校化など重要課題に民間や他の行政機関と一体となって対応され学生等への就業支援と県内企業への人材確保支援に御尽力されました。
 瀬水産振興課長におかれましては、昭和63年4月に奉職されて以来32年間の長きにわたり、水産技術職員として県行政に携わってこられました。この間水産技術研究所伊豆分場長、水産技術研究所研究統括官などの要職を歴任され、平成27年4月からは水産振興課長として厳しい状況が続く本県水産業の活性化を図るため魚価の向上に向けた新たな流通体制の構築や水産物の認知度向上、漁協漁港食堂キャンペーンなどさまざまな事業に取り組まれ、本県水産業や漁村地域の発展に御尽力されました。
 森水産資源課長におかれましては、昭和57年4月に奉職されて以来38年間の長きにわたり、水産技術職員として県行政に携わってこられました。この間水産技術研究所浜名湖分場長、漁業高等学園長などの要職を歴任され、平成28年4月からは水産資源課長として密漁の温床ともなる不正規流通が懸念されるシラスウナギの流通の透明化や不漁が深刻化しているサクラエビやアサリなどの資源回復に向けた取り組みを精力的に実施され、本県水産資源の管理、安定供給に御尽力されました。
 以上、退職される皆様には今後は健康に御留意をされるとともに、これまで培われた豊かな経験と見識を生かし地域社会においても御活躍することを祈念を申し上げます。本当に皆様お疲れさまでございました。
 ここで、御退任当たりましてこれまで携わってこられた県行政を振り返り、後輩へのアドバイスなどがありましたら一言お願いしたいと思います。

○天野経済産業部長
 ただいま2番委員から、また委員会の皆様から私ども退職する職員に対しましてこのような発言の場をいただき御配慮いただき、また心温まるお言葉をいただきましたことを心から感謝を申し上げます。
 光陰矢のごとしと言われますけれども、今まさにその思いを非常に強くしております。退職が近づくにつれまして家でぼうっとしておりますと、これまでの県職員生活のことがいろいろ思い出されてまいりました。そのときに思い出すことは実はいろんな苦労したことよりもなぜ自分は公務員を選んだのかと。そしてその公務員の中でもなぜ静岡県庁を選んだのかという原点に返った、あのときどういう気持ちだっただろうかということを思い出す、原点に返るということでございました。
 私ごとでございますけれども、大学を卒業後卒業2年目まで司法試験を受験し合格を果たせず挫折を味わったわけでございますが、当時は第二新卒などということはございませんで選択肢は公務員試験を受けるしかございませんでした。しかし幾つかの公務員試験を受けてその中で静岡県庁を選ぶときには今思い起こしてみますと、郷土のために頑張ろうという非常に強い思いがあったということを記憶しております。当時は神奈川県の長洲知事などが地方の時代というようなことを言われていた、そういったこともあったかもしれません。今の中央のビューロクラシーの状態を見ておりますと、改めて幕末に300万余りあった各藩から次の時代の日本を牽引する多くの有為な人材が輩出したように、今こそ真の地方の時代が到来しつつあり地方から新しい風を起こしていく気概のある人材が求められていると思います。県庁の後輩の皆さんにはぜひとも広い視野と挑戦を恐れない心、多くの県民の皆様の生の声を常に聞く、それが政策立案の原点であるという気持ちを忘れずに頑張ってほしいと思っております。
 論語に、葉公、政を問う。子曰く近き者説び遠き者来たるとあります。これは今から約2,500年前の中国の春秋時代に、孔子が楚の国を遊説したときに楚の国に葉県という地方がありまして、ここの地方長官が政治の要諦は何かと孔子に問うたときの言葉です。孔子はこの政について問うた葉公――地方長官に対して近き者説び、つまりこの地域の人々がすごく喜んでいて遠き者来たる、その評判を聞いて遠くから人が集まってくることである、それが政治の様態であり、本質であり、それが目指すべき政治であると。我々は総合計画の中で県民の最大幸福を目指して仕事しておりますが、その本質的な意味内容は、近き者説び遠き者来たるではないでしょうか。県政を支えていく、県民の皆様の生活を支えていく後輩にこの言葉を贈りたいと思います。
 県議会の先生方には、本当にさまざまな場面で助けていただきました。一人一人の先生方との温かい思い出がたくさんございます。本当にありがとうございました。それらを大切にして今後とも微力ではありますが、本県の発展に少しでも役立つことができるよう頑張ってまいります。本当にありがとうございました。(拍手)

○志村農林水産担当部長
 先ほど、2番委員からは過分なる御紹介いただきましてありがとうございます。また本日こうした場を設けていただき、発言の機会をいただきまして大変ありがとうございます。先ほど御紹介ありましたように私は農業土木の技術職でこの世界に入りました。私が入庁したころは、この静岡県というのはまだまだいわゆる食糧増産の時代を受けまして基盤整備の全盛時代でございまして土地改良事業というのも今の2.5倍ほどの事業費がありました。大井川用水や三方原用水あるいは牧之原とかそういったいろんなことがありました。そういった中で私は職員の前半というのはいわゆるそういった現場の例えば旧浅羽町、現在袋井市ですけれども、当時一千町歩の圃場整備をやっておりました。そこの圃場整備の一員として現場で設計書をつくり現場監督に言ってものをつくると、そういった生活を過ごしてまいりました。
 そうした私の中で、一番というかいろいろありましたけれども、一番の転機は40代前半に志太榛原農林事務所の調査計画係長という立場となったときでございます。それまではとにかくつくる一辺倒しか考えてなかった。しかしそのときに調査計画係長は市町あるいは地元の農家の皆さんの意向を受けて、それを国の補助事業を使った土地改良事業に仕上げて、そして実現していく仕事でございました。特に何もないところからものをつくり上げることの難しさと、それからまた逆にそれがかなったときに皆さんの役に立てるんだと思ったときのだいご味を感じました。
 土地改良事業は公共事業ではありますが一般土木と違いますので、農業者の申請で始まることと農業者の負担を伴いますので、その仕事を進める上ではいかに農家に有利になるものを選んで、そしていかに効果を上げるかに大変頭を使った思いがございます。
 農業はやはり適正な価格で消費者の皆さんに食糧を安定的に供給する、そしてそういうことを通じて農村の環境やコミュニティーをつくり上げる面がございますけれども、一方では昨年の台風にありましたように自然環境あるいはそういったものに左右される仕事でございます。ですからそういったものに対しては生産基盤も脆弱でございますので、そこに対してしっかりと生産基盤を支援していく立場に私たちの役割があるのかなと思っております。
 そういった私の個人的な経験を踏まえまして、本県の農林水産行政に関しまして常々私が思っているのは、県にしか農林水産の技術職はいないんですね。市町におりません。ですから県職員として採用されたこの目的を持って熱い思いを持って入った、この県の技術職が中心となって県の農林水産行政をしっかりと指導していかなければいけないんだと思っております。例えばことしのCSFの話でも獣医の皆さん初め皆さんが本当に献身的に使命感を持って働いてくれました。そうしたことが県内の農林水産業を支えていくんだと思っておりますので、ぜひ後輩の皆さんにはそうした思いで頑張っていただきたいのと、やはり1人ではできませんのでやっぱりチームでなければできない役割分担もありますので、そうした役割分担をしっかり認識して頑張っていただければと思います。
 また、最後に本日まで大変お世話になりました県議会の先生方の皆さん、本当にありがとうございました。そしてまた今後とも後輩の職員が頑張って農林水産業を支えてまいりますので、ぜひ御支援、御鞭撻をよろしくお願いしたいと思います。私も長い間公務員としていろんな貴重な経験をさせていただきました。今後もぜひ社会に貢献できるように頑張っていきたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

○薮崎経済産業部理事兼林業・森の防潮堤推進担当
 先ほどは2番委員より身に余る御紹介をいただきまして、どうもありがとうございました。私も38年間県林業関係の職員として仕事をさせていただいてきまして、最初の20年ぐらいが治山事業で山が崩れたところや防潮堤も含めてなんですけれども、そういった土木的な工事をさせていただいてきました。その後一般林業をやらせていただいて、今最後残りの7、8年ですかね、総括的な仕事をさせていただいて38年になります。
 私の歩んできたこの経路は、今よくよく振り返ってみると山の成長、森林の成長とマッチしてきながら、静岡県の山の中の森林は今40年を超えている山が9割を超えている状況になっています。私が入ったころ以前に植えられた木がそのほとんどでございまして、若いころは山も崩れやすくてそれに対する対応が必要だったので私もそういうところに配属され、今は育った木をみんなで使っていこう、有意義に使っていこうということで今の職務をやらせていただいていると思っています。私たち山の現場でものを見る、その状況をしっかり把握しながらそのときそのときの状況に合わせて、また社会のニーズに合わせた形で仕事をやっていく必要があると思っております。
 森の防潮堤もそうですけれども、今回県の重要な目標として木材生産50万立方の大きな目標に立って今取り組んでいるところなんですけれども、私がその担当になったときは45万立方を目標にと言っていたんですよ。実際は25万立方しか出てない状況が今は45万立方を超えるようなところまでやってこれたところなんですけれども、そこで県にとって一番大きかったのはやっぱり護岸工事ができてしっかり売っていく先が見え、そして買ってくれるという安心感を持って生産できるようになったことが一つの大きな状況の変化だったんじゃないかなと思っています。やっぱりものは森林もそうだと思うんですけれども、これからの時代、山にあったものを切ってくるだけじゃなくてやはり使っていくことも視点の中にしっかり捉えながら使っていただけるものを山からしっかり出していく。そして健全な森をつくって県民の皆さんの安全・安心、そして快適な住空間もつくっていかなければならないと思います。なかなか内部経済効果というか、そういうところで読み取れる部分、組み込んでいただける部分ではなくて二酸化炭素の吸収、固定、水源の涵養といろんな効果でカウントしていただくしかないような森林ではございますけれども、県土の3分の2を森林が覆っていることを考えますと、これをしっかりと次の世代につないでいく大きな使命が私たちにあるかと思います。ぜひそこら辺を後輩の者は優秀な方がそろっておりますので、ぜひこの50万立方の木材生産をしっかりクリアしながら健全な森林を次の世代にしっかり引き継いで欲しいと思っているところです。
 大変長いことお世話になりましたけれども、ありがとうございました。(拍手)

○花井就業支援局長
 先ほど2番委員から過分なる御紹介をいただきましてありがとうございます。また委員の皆様方にはこの1年間本当にお世話になりました。ありがとうございます。
 私は、先ほど御紹介いただきましたけれども、平成11年に県庁に入って、その前17年間は民間企業にいました。38年前にスズキ自動車に入社したんですけれども、そのときは日本を代表する会社にはまだなってなくてアルトが出かかったまだ小さな会社でした。でもそうした会社の中で地域に根差した会社なんだけれども世界に股をかける仕事がしたくてスズキに入って12年間いまして、そのうちの6年間はアメリカに駐在してアメリカの自動車部門の基礎を築いたという自負があります。それからその後いろんな事情がありまして5年間は浜松の中小企業で採用活動もやったり営業活動もやったりしました。その後39歳のときに転職して県庁に入ってもう21年になるのはちょっと信じられません。またほかに道があれば転職してもいいかなと思ってたんですけれど、まさかこの場にいるとは39歳のときには思っていませんでした。(笑声)
 そうした中で私の人生を振り返ってみますと、ほんとに大変なことばっかり。今回の新型コロナウイルス対策もそうなんですけれども、ほんとに私が行くと何か事件が起きたりほんとに申しわけない、疫病神じゃないかという気持ちがあるんですけれども、私がいなくなると割とスムーズになるのでそれを祈っています。(笑声)
 代表的なところを3点だけ自分の思い出の中に残っていることだけお話させていただきたいんですけれども、まず1点目はスズキ自動車でアメリカにいるときに日本での名前はジムニー、アメリカではサムライという名前で売っていました。私が行く前は爆発的な人気で注文しても半年ぐらい待つという車でもう大人気でした。ところが私が行って1年たたないときにCNNテレビで横に転んでしまうというニュースが流れました。それからは一転して在庫の山になりまして、それから6年のうちの5年間その対策で追われました。そうした中で一番思い出に残っているのは、当時の鈴木修社長がロサンゼルス空港に来まして私どもも空港の会議室に行って夜の9時から1時ぐらいまで打ち合わせしましたかね。そこから会社へ帰って徹夜で資料をつくってまた次の9時から今度はアメリカ人たちと打ち合わせをするというような、今でいう新型コロナウイルスの緊急対策なことをやっていたんですけれども、その結果5年間かけてかなり改善しまして当時のアメリカ市場としては順調に回復して帰国したという思い出があります。
 それから、2つ目は県に入ってからですけれども草薙総合運動場でバスケットゴールが倒れて1名が亡くなられるという痛ましい事故が起きました。そのとき若い方が1人お亡くなりになってしまいまして、その方に対して心からお悔やみを申し上げたいと思います。その対策に私は御遺族への対応、警察との対応、それからマスコミ報道、事故後の再開に向けた対応、一手に私が中心になって担当したわけでございますが、そのときも非常に緊急的な対策に追われてそれに私が2年かけたんですけれども、かなり解決したところで異動しました。
 それから、最後が今回の就業支援局、もうここに来てこの9年間で8年目になります。私が来たときは平成23年の4月東日本大震災が起こった直後でリーマンショックが起きてからも1年、2年たって有効求人倍率が非常に低いとき、それにまた東日本大震災が輪をかけたということで当時は緊急雇用対策班の班長で緊急雇用対策を一生懸命やっていました。その後今度は逆に人材不足で全く逆の世界が起きまして、その中で緊急雇用対策事業あるいは「30歳になったら静岡県!」ふじのくにパスポートというさまざまな事業をやらせていただきました。そしてまた今回コロナウイルス対策ということでほんとに毎日それに没頭しているところです。
 そうした中で、とにかく私の気持ちとしてはそういったいろんなことが起きてもとにかくチームとなって努力すれば何とかなるという気持ちがしています。今後ともこの難局を県議会の皆さん、それから県職員、それからほんとに県民の皆さん全体で頑張って乗り越えていただけるように祈っています。私も世界は変わりますがその一員として努力していきたいなと思います。ほんとに皆さんお世話になりました。ありがとうございました。(拍手)

○瀬水産振興課長
 先ほど2番委員から過分のお言葉をいただき、感謝を申し上げるとともに、残すはあと3週間余りとなりますが、県職員としての職責を全うできるところまで仕事を続けることができましたこと、感謝とともに万感が胸に込み上げるものがあります。
 現在3度目の県庁勤務では水産振興課長を5年仰せつかりまして、県内漁業の振興に邁進してまいりました。漁業の情勢は大変に厳しい状況でありますが、業界を鼓舞して現場主義をモットーに策を打ってまいりました。しかしながら何ゆえ自然相手の産業ゆえ現在の不漁、環境変動、数々の苦難の逆風が吹き荒れております。それでも懸命に海に出る漁業者を見ますと支援の手を緩めるわけにはいかないなと思うきょうこのごろでございます。
 私は32年の公務員生活のうち10年間沼津市の栽培漁業センターに在籍しておりました。その間は主に放流用のマダイの稚魚の生産担当をしておりました。その生産期間は約3カ月、ゴールデンウイークは休みがなくさらに餌やりのために早朝出勤が続く非常にハードワークでしたが、時として50トンぐらいの大きな池の何万匹の魚が一夜にして全滅することもありまして、そのときの落胆度といいますのは、担当として非常にはかり知れないぐらいの悲しみといいますか残念な思いがあったと今でも覚えております。
 しかしながら、そのような経験があったからこそきょうは餌をもっとくれてやろうだとか飼育の水はもっとふやしたほうがいいだろうとかまさに魚との対話ができるようになり生産が安定していったと感じました。目標数の生産量ができたときは大変な満足感を得たものでありました。この技術を若い研究員に伝承していきたいなと思いましたが、なかなかマニュアルにはあらわせない技術ですので、ぜひAI等でこういうものが工夫できるものでしたら今後の技術開発に期待したいなと思うところです。
 さて、県庁でのこの5年間ですが中平水産業局長のもと本当によい経験ができたと感じております。先ほども現場主義をモットーと申しましたが、それは現場との信頼関係のもとに仕事を進めることだと改めて実感したところでございます。そして漁業者、加工業者の皆さんからお礼のねぎらいをいただいたときは至上の喜びを感じたところでございます。
 これまでの産業委員会では水産王国の復活を目指して資源管理、魚価の向上、技術基盤の整備、人材育成を中心にお答えしてまいりましたが、私としては簡潔な答弁を心がけたつもりも言語は明瞭、意味は不明だったかといつも反省をしていた次第でございます。(笑声)
 今年度の決算特別委員会は、毎年執行率を指摘された答弁にいつもつまる漁業改善資金につきまして9番委員から急に水産の執行率はよくなったけどどうしたのといううれしい御質問をいただきました。その際は本来でしたら経済の情勢の分析ですとか制度の改正をまずお話をして答弁を進めなくちゃいけなかったところを、私は水産振興課の担当課員が非常に一生懸命浜回りをした成果ですと答えてそこを強調して答えてしまいました。このときももうちょっと冷静に答弁しとけばよかったなと感じた次第でございます。(笑声)
 最後になりますけども、今後今までの反省、経験を糧に本県水産業の振興のために微力ではありますが尽力できるよう力を惜しまぬ所存でございます。本日はまことにありがとうございました。(拍手)

○森水産資源課長
 先ほどは2番委員から過分なお言葉をいただきましてありがとうございました。ここ数年本県を代表するサクラエビ、アサリ、シラスウナギ、キンメダイ、多くの不漁が顕在化してきました。一昨年の漁業法の改正もございまして資源管理の重要性が県民を初め広く一般の方に少しずつ認識されるようになってきているのかなと感じています。
 そういった中で、サクラエビのように厳しい漁獲規制を伴う資源管理を進めていく上では消費者はもちろんですけれど、漁業者だけではなく流通業者、加工業者も含めて多くの関係者の間で調整とか合意が大事になってくると思っています。
 天野経済産業部長とか中平水産業局長もよくお話されておりますように、これから仕事をされていく方々にはできるだけ現場に出向いて関係者の方々のお話をよく聞いて施策を進めていただきたいと思います。現場での話の中に新しい課題であったり、その課題を解決するためのヒントがあるんじゃないかと思っています。現場をほんとに大事にして水産王国静岡の持続的発展に向けてこれから政策を進めていただきたいと思っています。長い間ほんとにありがとうございました。(拍手)

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