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委員会会議録

質問文書

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令和3年2月定例会文化観光委員会 質疑・質問
質疑・質問者:中谷 多加二 議員
質疑・質問日:03/09/2021
会派名:自民改革会議


○中谷委員
 お疲れさまです。最後になります。
 3人の方が退職されるとのことでありますが、その前に橋スポーツ・文化観光部理事に聞いておきたいと思います。
 先ほど来、富士山静岡空港に関していろいろな議論がございました。御承知のような新型コロナウイルスという訳の分からんやつのおかげで航空需要も落ち込んで、空港が大変厳しい状況にあることは共通認識だと私も思っており、この難物を抱えて富士山静岡空港をどのように回復させていくのか、発展させていくのか。県行政の3分の1を富士山静岡空港に携わってきた橋理事に所見を伺いたいと思います。もし回復に向けて秘策中の秘策があれば、この際御披露頂きたいと思います。

○橋スポーツ・文化観光部理事(観光・空港担当)
 コロナ禍が非常に長期化いたしまして、本年度の初め頃は半年くらいで何とか戻るのではないかと期待していたんですがこのように特効薬もなく、ワクチンも始まりましたけれどもなかなか見通せない状況の中で富士山静岡空港は国際線がやはりキーになってまいります。
 来年度については、まだまだ見通せない厳しい状況が続いております。秘策といってもなかなか分からなく、正直あるなら教えてほしいという気持ちでございますけれども、こういう時期だからこそ一番大切なのはエアラインとの関係をつなぎとめていくことです。やはり我々が一生懸命やっていく。こういう支援策を用意しました、こういう利用促進をしていきましょうという我々の思いをちゃんと伝えながら、一緒になって信頼関係をつくり上げて路線の再開、また復便につなげていきたいと思っています。
 今回御審議頂いております着陸料の軽減やグランドハンドリングの補助などを航空会社に対してしっかりお伝えして、大きな国管理空港の次に静岡県に国際線を早く戻していただきたいと働きかけたいと思っております。
 国内線につきましても、ANAが期間運航を行う非常に厳しい状況であり、会社が立ち行くかどうかという事態の中で何とか期間運航をしていただいておりますので、まずは需要を戻してそれをANAに見せていく。
 また、信頼関係については航空会社の幹部への働きかけや情報交換などをやっておりますが、引き続き粘り強くやっていきたいと思っております。

○中谷委員
 ありがとうございました。
 それで、せっかく最後なので3択問題をお願いしたいと思います。
 ただいまの答弁の中にこれが答えじゃないかとやや該当するものがございましたが、富士山静岡空港の利用を航空機に例えて、1番は令和3年度中に順調に高度を上げる、2番は令和3年度中は低空飛行を強いられる、3番は令和3年度中に失速する、お答えをどうぞ。

○橋スポーツ・文化観光部理事(観光・空港担当)
 3択という非常に厳しい御質問を頂きましてありがとうございます。
 個人的には1番を選択したいのですけれども、これは国際線がいつの時点から戻るかにかかってくると思います。そういう意味では3択じゃなくて1.5番くらいにしたいです。まずは令和3年度の出来れば後半までに国内線を元の形に戻したい、そして国際線は国の出入国の制限が緩和されたら速やかに戻したいと思っておりますので、私は1.5くらいでいきたいと思っております。

○中谷委員
 ありがとうございました。
 それでは、本年度末をもって3人の方が定年を迎えられると聞いております。それぞれ紹介させていただきます。
 初めに、植田基靖スポーツ・文化観光部長。
 旧清水市出身。昭和58年4月に沼津財務事務所主事として採用され、平成21年には伊東市の理事、平成23年文化観光部観光振興課長、平成25年観光政策課長、平成30年6月交通基盤部理事、平成31年から現職、また平成26年から30年にかけて天竜浜名湖鉄道株式会社代表取締役社長として県から派遣され現場の最前線で活躍されました。
 常に現場の思いを酌みながら施策を考え、東日本大震災後に観光業が危機に面した際は課長として観光業の支援に尽力したと聞いております。
 今般、新型コロナウイルスにより危機に瀕している観光業への迅速な支援が求められる中、貴重な経験を有する植田部長が陣頭指揮に当たられてきたことは現場にとっても救いだったのではないでしょうか。
 次に、広岡健一スポーツ担当部長。
 静岡市出身。昭和59年4月に出納事務局管財課主事として採用され、平成25年文化観光部空港利用政策課長、平成27年企画広報部地域政策課長兼内陸フロンティア推進室長、平成28年東部地域政策局長、平成30年から現職。
 ラグビーワールドカップ2019、東京2020オリンピック・パラリンピックという世界的なスポーツイベントの準備を同時に進めなくてはならない大変な時期にスポーツ部門のトップとして尽力されてまいりました。
 ラグビーワールドカップの歴史的な成功は大きな成果だったと思っております。
 最後に、橋孝夫観光・空港担当理事。
 旧天竜市の出身。昭和54年4月に天竜土木事務所主事として採用され、平成24年中部地域政策局次長、平成26年文化観光部空港政策課長、平成28年空港振興局長、平成30年7月から現職。
 空港行政に長く従事し、富士山静岡空港の建設、開港、そして運営権制度の導入という本県の空港行政の転換点となる大きな節目で重責を担われてまいりました。いわゆる富士山静岡空港の生き字引であり語れない話もあると思います。長年はるばる天竜から通われたことも驚きであります。私は3期生の頃から専ら宿泊しております。
 ただいま申し上げました3人の方、それぞれ私にとって少なからず縁のある方々です。
 まず、植田部長は天浜線の社長時代、本社が私の選挙区であり天竜区の二俣に所在している関係で、天浜線の活性化議員連盟会長としての立場もあり同じテーマに取り組んだことが懐かしく思い出されます。
 次に、広岡スポーツ担当部長は私もスポーツ協会副会長として懇親会の場で同席させていただきました。また静岡県国体出場選手団の応援にも一緒に行かせていただきました。
 会長が川勝知事という微妙な点もございまして、やりにくい場面もあったことと思います。お察しいたします。
 最後に、橋理事は先ほど紹介したように私と同郷で、20年ほど前でしたが自宅にお邪魔したことがありました。私の自宅と同様にいずれ劣らぬ山間地に立地しており、比較すれば私の住まいのほうがやや街に近いかなと、そんな勝手な思いを持っております。重ね重ね遠距離通勤御苦労さまでした。
 私からの紹介は以上ですが、このたび退職するに当たって長く携わってきた県行政を振り返り、当局の後輩たちに贈る言葉や我々県議会への御意見などを植田部長から順にそれぞれ一言頂ければと思います。よろしくお願い申し上げます。

○植田スポーツ・文化観光部長
 紹介頂きましてありがとうございました。
 38年間、県の職員として在職しました。本当にいろんなことがあったんですけれども、長いようで本当に短い県職員生活でした。
 最後の最後にコロナという最大の危機に直面しまして、私も天浜線にいたときはまだ直虎が全然ない頃で、ちょうど一番底のときで月次決算をやると利用者も毎月最低を更新するような、毎月毎月資金が流出するんじゃないかと不安というか恐怖のときでした。
 そんなものですから、本当に今コロナで観光業界の方々、飲食店業界の方々、本当に苦境にあるのはよく分かります。何とかしたいと思っていたんですが、秋に上向いてきたのにまたやめなければならなかったのは本当に悔しい思いでした。それを昨日から始めることができて、ちょっとですが光が見えて本当によかったと思います。こういったことは皆さんのおかげをもちましてできたことでございます。県議会の皆さん本当にありがとうございました。部の職員の方にも支えられてきました。感謝の気持ちでいっぱいでございます。
 人生百年時代なものですから何とか役に立つことをこれからもやっていきたいと思います。本当にありがとうございました。(拍手)

○広岡スポーツ担当部長
 身に余るお言葉を頂きありがとうございました。また発言の機会を頂きましたことをお礼申し上げます。
 御案内のとおり、昭和57年4月に採用となりました。当時山本敬三郎知事でございまして、ちょうど3期目の最後のほうだった気がいたします。
 37年間で14か所勤務いたしました。その中でも特に記憶に残っているのは――これは県職員としての心構えとして記憶に残っているのですが――財政課と副知事秘書をしたとき、県の職員として仕事をする上で県全体を見渡して仕事をするべきだ、そういう視野を持ってやらなきゃいけないということを学びました。
 その後、実は私も空港に開港年度から6年間勤務させていただきました。非常に厳しい状況でございました。前年にはリーマンショックがあり、そんな中で開港したので非常に厳しい状況でございました。2011年には東日本大震災が起こり厳しかった中ではございますけれども、みんなの協力を得ながらチャイナエアラインの国際線誘致や当時は2機体制で始まりましたFDA――今はもう十数機になっていますけれども――の利用促進に飛び回ったことを覚えています。
 そんな中でも特に印象に残っているのは、2009年6月4日に開港式をやったんですが、その後の記者会見で当時の石川知事が短歌を詠まれました。その短歌というのが「難産の末に生まれし児に似たり 静岡空港弥栄願う」というものです。知事が立木問題で苦労されて御自身の辞職と交換する形で解決した御苦労と空港開港までに大勢の県職員が3度の開港延長に携わって、すごい難産だったとおっしゃられた。そういう難産の末にできた空港であるからこそ、この空港を潰しちゃいけないと一生懸命頑張ってきましたし、あとは橋理事が一生懸命やってくれました。そんな記憶が非常にあります。
 それから、やはり最後は先ほど御紹介頂いた2019年ラグビーワールドカップ、それから東京2020オリンピック・パラリンピック。知事からはこの2つの国際大会をしっかりやれと言われまして、県議の皆様にも御参加頂きましたが、2019年9月28日のアイルランド戦での逆転勝利、いわゆるシズオカ・ショックを体験できたことは非常に大きな経験になりました。
 数年間にわたってラグビーワールドカップでは70億円ほどの予算を県議会の皆様に御理解頂きお認め頂きました。その効果として234億円の経済波及効果があったとはいえ、非常に大きな金額をお認め頂いた中であのような勝利の場をつくれたことは本当にうれしく思います。
 当時、ラグビーワールドカップ2019の職員は二十数名いましたが、ちょっと御披露させていただくと、実はあの大会の陰で外国人を含めて5万人をどのようにスタジアムへスムーズに運び入れるかについて、けんけんごうごうの議論を1年、2年続けてまいりました。2年前に行ったテスト大会で大チョンボをやってしまい交通渋滞が起こってなかなかうまくいかなかった反省も踏まえてJR東海やバス事業者、警察、地元の方々と緻密な計画をつくり実行できました。
 結果として、スムーズに観客が入ったことにより観客のモチベーションが最高潮に上がった中で、スタジアム内のほとんどの方が日本代表を応援できたことが選手への後押しになったんじゃないかなと思っております。その陰で職員たちはスタジアムに入れなかったものですから、スタジアムの外でそれぞれの業務に就いていました。なかなか御披露する機会がなかったものですから、私は本部にいただけで特に何をやったという訳じゃなく、そういう職員が一生懸命やったことであのような勝利が起こったのかなと思っております。
 このコロナ禍による社会の閉塞感をスポーツの力で打開できたらいいなと思って取り組んできたところであります。
 最後になりますが、37年間あっという間のような感じがいたします。これも県議会の皆様の御指導あるいは御鞭撻があって、また上司や先輩からの適時適切な御指導、またすばらしい同僚や部下や後輩に恵まれたからこそ何とかやってこられたのかなと思います。本当に感謝の気持ちに堪えません。
 3月末をもちまして退職となりますけれども、どんな形になろうとも37年間お世話になった者といたしまして少しでも静岡県がよくなるような貢献ができたらと思っております。本当にどうもありがとうございました。(拍手)

○橋スポーツ・文化観光部理事(観光・空港担当)
 発言の機会を頂き誠にありがとうございます。
 私は、42年間の公務員生活でございまして、この中で印象深いのは、先ほど2番委員からもお話がありましたが空港ばっかりやっていたみたいに思われているので、少しほかのものもやってきた話をさせてもらえるとありがたいなと思っています。
 平成24年4月に新東名高速道路の県内区間161キロが開通しましたが、実は随分昔ですけれどもこれに私も関わっており、平成5年に国から施工命令がおりまして、その後工事は国でやるんですが用地取得については県が受けてやることになりました。
 そういう中で、私は土木の管理課で組織体制などをちょうど担当しておりまして、当時は用地買収を一気にやらなきゃいけないが要は県職員を集めるのが難しいとなり、同僚と一緒にどうするか話をしました。今は再任用がありますが当時はそういったものがなくて、そういう中でどうするかとなったときに、例えば銀行や民間企業であると意外と早い年齢、55歳にいかないぐらいでやめられている方もいらっしゃったものですから、こういう方々にぜひ活躍してもらおうと嘱託員という制度をつくり、土地開発公社で採用して体制をつくろうと、何とかこんなことをやりました。
 実際、平成7年4月から用地事務所を県内に7か所設けまして、全体で70人程度の体制で進めることになり、そういう意味で平成24年の開通は非常にうれしかったということです。
 また、平成9年4月に静岡県立大学の看護学部をつくろうということで、私も開校に向けて先生方と協議していろんな備品の調達などを行い、こういったことを体験させてもらい1年間で何とかこぎ着けたこともありました。
 さらには、広岡スポーツ担当部長からもお話がありましたように、平成16年から合わせて15年間空港に関わってまいりました。
 当初、土地の買収がなかなかうまくいかなく停滞しておりました。そういう中で県議会の特に静岡空港整備推進議員連盟の皆様には非常に御支援頂きまして、機運がなかなか盛り上がらない中でいろんな大会をやっていただいたりして機運を盛り上げ、土地収用を行う形で何とか積み上げていただきました。
 また、これも苦い思い出ではありますが、土地の西側周囲部に立木があり、これが発覚して県議会の皆さんには大変厳しい御意見を頂きました。そういう中でも平成20年11月に臨時議会を開催していただき、滑走路を短縮する予算議案を通してもらって何とかたどり着けました。
 また、路線誘致についても県議会の皆さんに非常にお世話になりまして、何とかいろんな路線を引くことができ、議会の皆さんには思い起こすと本当いっぱいありますが、感謝に尽くせないぐらいございます。
 このようなたくさんのプロジェクトに関わらせていただいて、本当感謝してございます。
 でもやはり、正直苦しい時期がありました。そういう中でも先輩の助言や同僚と後輩とのディスカッションを通じて事業を進めてこられたことが支えになりまして何とか乗り越えられたと思っております。
 現在、新型コロナウイルスの感染拡大により県民の生活は大変厳しい環境に置かれております。スポーツ・文化観光部はもちろんですが全ての部局が一日も早い回復に向けて取り組んでおり、今後も職員一丸となってスピーディーに政策を実行していく必要があると思っています。
 また、少子高齢化は言うまでもないですが、急速なデジタル化と時代の潮流を見据えながら職員の皆さんには業務をこなすだけではなく、課題や解決策をつくり上げていく、ちゃんと皆さんでディスカッションをして事業を展開していくことにぜひ取り組んでいただきたいと思いますし、そういうことを通じて自分自身の引き出しを多くしていくことで県政に貢献できるんじゃないかと思っています。
 最後になりますが、県議会の皆さんには引き続きこの県政発展のために御指導頂ければ幸いでございます。ありがとうございました。(拍手)

○中谷委員
 お三方、ありがとうございました。
 これからの人生、御壮健でお過ごし頂きますように心からお祈りを申し上げます。お疲れさまでした。

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